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大阪地方裁判所 平成7年(ヨ)90号 決定

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別紙「当事者目録」記載のとおり

主文

一  債務者は、債権者らに対し、各金八〇万円を仮に支払え。

二  債権者らのその余の申立てを却下する。

三  申立費用は債務者の負担とする。

理由

第一紛争の実情と当事者の主張

一  債権者らは、債務者の従業員であり、全大阪金属産業労働組合津田電気計器分会(以下単に「組合」という)に所属する組合員であるところ、組合は債務者に対して、平成六年夏期の一時金として、三ケ月プラス一〇万円の支払いを要求したが、債務者は最終的に二ケ月および右月数で算定した額に所定労働時間から不就労時間を控除した実労働時間を基準とする係数を乗じて算出した額を支給すると回答しているが、妥結に至らず現在も係争中であり、又平成六年冬期の一時金として、三・三ケ月分の支払いを要求したが、債務者は最終的に二・二ケ月プラス五〇〇〇円を回答しているが、これについても妥結に至らず現在も係争中であること、債務者は債権者らを除く従業員にたいしては、債務者の回答のとおりに夏、冬期一時金のいずれについても支給済みであることは、当事者間に争いがない。

二  本件は、債権者らは、一時金については、協定が成立しない等妥結をみない場合であっても、債務者は組合の要求があれば、組合員に対し債務者の回答額で支払いをするという労使の慣行(以下単に便宜上「仮払い慣行」という)があるとし、右慣行に基づき、債務者の前記回答額により算出した債権者らに対し支給されるべき金額は、別紙「債権目録」記載のとおりの金額であるとして、その支払いを求めているのに対し、債務者は、仮払い慣行はなく、妥結すれば支払いがなされるとして、支払い義務と保全の必要性を争っている。

尚当事者双方の主張の詳細は、各当事者らの主張書面記載のとおりであるから、これを引用する。

第二当裁判所の判断

一  昭和六一年以降の一時金について、妥結をみない段階における支払いに関する取扱や支払いの経緯については、次のとおりであり、この事実は当事者間に争いがない。

1  昭和六一年夏期一時金

債務者は、組合の四ケ月の支払要求に対し、二年間分を一括して、昭和六一年夏期と冬期の合計で七ケ月、同六二年夏期は四ヵ月と回答し、妥結をみない状態のまま、同六一年六月二六日、債務者が一人金二〇万円の仮払いを提案し、組合がこれに合意して、同年七月一〇日に右合意に基づき支払いがなされた後、債務者は同八月八日、その当時の回答額三ケ月分から前記支払済の金二〇万円を控除した金額を支払った。

2  昭和六一年冬期一時金

債務者は、前記1記載のとおり、夏期一時金の交渉で、同六二年の夏期一時金まで二年間を一括して回答し、六一年の夏期一時金についても妥結に至らずに係争中であったことから、組合が冬期一時金の要求をしていない段階での同年一二月八日に年間支給額を六・四ケ月分として、夏期一時金として支払った三ケ月分を控除した三・四ケ月分の支払いを組合に提案し、組合も夏期、冬期の欠く一時金の合計額につき妥結するものでないが支払いは了承するとこれを承諾したので、同年一二月一〇日に、三・四ケ月分の金額を支払った。

3  昭和六三年夏期一時金

債務者は、組合の三・五ケ月分の支払要求に対し、二・五ケ月と回答し、妥結をみない状態のまま、同年七月八日、その当時の回答額二・五月ケ分の金額を支払った。

4  昭和六三年冬期一時金

債務者は、組合の四ケ月の支払要求に対し、三ケ月プラス二万一千円と回答し、妥結をみない状態のまま、債務者から右金額で支払いしたいと組合に打診したところ、組合もこれに応じて、平成元年一月一二日に右金額の支払いを要請がなされ、同月一八日に、その当時交渉で解決金の加算が検討されていたことから、回答額に一万円を加算した三ケ月プラス三万一千円の金額を支払った。

5  平成元年夏期一時金

債務者は、組合の三・二ケ月プラス一〇万円の支払要求に対し、二・六ケ月プラス一万円と回答し、妥結をみない状態のまま、債務者から右金額で支払いを求めるときは、申し入れをするようにとの趣旨を組合に申し入れたところ、組合もこれに応じて、平成元年七月三日に右金額の支払い要請がなされ、同月一〇日に二・六ケ月プラス一万円の金額を支払った。

6  平成元年冬期一時金

債務者は、組合の四・五ケ月の支払要求に対し二・七六五ケ月プラス三万円と回答し、妥結をみない状態のまま、組合から同年一二月一九日に支払いの申し入れがなされたが、債務者がこれに応じなかったところ、組合は大阪府地方労働委員会に救済申立を行い、同委員会は債務者に対し、仮払いの取扱を継続すべきものとして、前記回答額による支払いを命じたので、平成四年七月六日に二・七六五ケ月プラス三万円と利息を付加した金額を支払った。

7  平成五年夏期一時金

債務者は、組合の三ケ月プラス一〇万円の支払要求に対し、七五万円プラス三万一千円と回答し、妥結をみない状態のまま、債務者から同年七月一六日右金額で支払いをするとの趣旨の通知書を工場に掲示したので、組合は、同日に右支払いを仮払いとして受領するとの通知をしてこれに応じたので、同月二〇日に平均七八万一千円の金額を支払った。

8  平成五年冬期一時金

債務者は、組合の三・五ケ月プラス三〇万円の支払要求に対し、二・二五〇七ケ月プラス一千円と回答し、妥結をみない状態のまま、債務者から同年一二月八日右金額で支払いをするとの趣旨の通知書を工場に掲示をしたので、組合は同月一〇日に右支払いを仮払いとして受領するとの通知をしてこれに応じたので、同月一〇日に右回答額による金額を支払った。

二  (仮払い慣行の有無について)

1  ところで労使の慣行が、法規範として効力を有するためには、単にその慣行が反復継続されていることのみでなく、それにより労使双方が、その労使慣行に拘束されるとの規範意識を有するに至っていることが必要であり、本件のごとく一時金の支払いに関する場合には、請求権発生の根拠となるべきものであるから、その支払時期や支払額等について、一義的に定められる内容を有するものであることが不可欠である。

2  前記事実によれば、昭和六一年夏期一時金の交渉に際し、従前と異なり二年間分の一時金を決定したいとしてこれに相応する額を回答したことから紛糾し、同年の夏期、冬期一時金とも、妥結に至らなかったことを契機として、各一時金について、組合との間に協定が成立せず、係争中であっても自らの意思で、回答額と同額の支払いをしたのを最初として、以後の一時金についても平成元年冬期一時金を除き、妥結に至らない段階でも組合との合意を前提とせずにその直近の回答に基づき支払いを決定してその支払いをしてきたものである。

尚債務者は、過去の支払いについては、組合の申し入れに基づいたものもあり、それは合意にもとづく支払いであるとみるべきであると主張し、確かに昭和六三年冬期一時金と平成元年夏期一時金については組合からの支払い要請を受けてこれに応じる形式を採ってはいるが、その場合でも債務者から組合に対し、事前にその申し入れをするように打診する等しているものであるから、債務者は支払いについては組合の合意の有無を前提としていなかったものとみるのが相当である。

3  平成元年冬期一時金については、前記一の6記載のとおり債務者は組合の支払い要請にもこれに応じず、地方労働委員会のそれまでの過去の支払い状況を、労使の慣行と認めて支払いを命じたこにに基づき初めて支払いをしているのであるが、これについて特別に異議を留めたうえ支払いをしたとの疎明もないから、債務者も右命令の理由を受容して支払いをしたものであるとみるのが相当である。

4  債務者の一時金の支払いの取扱をしてきた期間は長期にわたっており、平成五年夏期、冬期一時金についても、平成元年冬期一時金のように支払いを拒絶しないで、前記一の7、8記載のとおり債務者は一方的に支払いを決定して支払いをしているものであるから、債権者らも、一時金の交渉が妥結に至らない場合でも、債務者が直近の回答額で支払いをすることが確実視していることが認められる。

5  そうすると債権者らは一時金について妥結に至らない段階でも債務者の直近の回答の額や基準により支給されることと期待しうる立場に至っており、右取扱いはすでに労使の慣行として定着しており、前記債権者らの期待利益は法的に保護するに値するものであって、支払額は債務者の回答額によることとされ、支払時期は、債務者の決定や組合の要請の時から時日を経ていないことなどから、その内容も始期も明確であり、請求権として確定しうるものであること等からすると、この仮払い慣行により債権者らは、一時金の支払いについて、労使の協定が成立せず妥結していない段階でも、債務者の回答した金額又は基準により算出した支払いを請求する権利を有するものというべきである。

6  債務者は、「仮払い慣行」が廃止されたことを主張せず、又その廃止につき合理的な理由のあることを主張せず、又その疎明もしないから、仮払い慣行は現在も継続して効力を有しているものというべきである。

そうすると、組合は債務者に対し、平成六年夏期の一時金について同年一〇月二四日に、冬期一時金について同年一二月一二日に、仮払いの要求をした(当事者間に争いがない)ものであるから、債務者は組合が要求したときは、債権者らに対し、平成六年夏期と冬期の一時金につき、債務者が回答した金額や基準により算出した金額の支払いに応じる義務を負担しているものである。

7  債務者は前記一項記載の各支払いは、自ら決定した確定額によるものであり、組合が右支払いに際しチェック・オフを依頼し、債務者もこれに応じてきたことを挙げて、右支払いは確定額であり「仮払い」でないと右主張するが、ここでいう「仮払い」とは、前記第一の二記載のとおり、協定成立等の労使による妥結がない段階での一時金の支払いをいうものであり、内金の支払いとか、債務者の意思決定過程における未確定な決定による支払いであるとの趣旨でないから、債務者の右主張は、本件の慣行の成否とは関連がなく、何ら意義のないものである。

三  (保全の必要性について)

債権者らは債務者の従業員として、その労働の対価を唯一の収入として生計を得ているいわゆる賃金労働者であり、一時金は賃金の後払的性格をも有しており、賃金労働者にとって、一時金は毎月の賃金と同様、生計の維持に必要不可欠なものとして、年間の生活設計を立てているが、他方一時金のうちかなりの部分が臨時もしくは将来の支出に備えるために貯蓄されることは顕著な事実であり、その貯蓄に回される割合も賃金が高額の者ほど多額になるものと推量でき、保全の必要性についてはかかる事情を考慮して判断すべきところ、債権者らの一ケ月分の賃金額から推量すると、右の事実と特別相違するものとは考えられず、又債権者らは既に一年間分の一時金の支払いがなく、生活設計に相当の影響があるものと考えられること、他の従業員には既に支給がなされていること、債務者は保全の必要性については争うも、本件の審尋において、債権者らの個々各別に必要性の疎明を求めるものでないことを表明していること、債権者には支払い困難等の特別の状況もないこと等を勘案すれば債権者らに対して支払われるべき平成五年夏期、冬期の一時金のうち、債権者らにつき、各金八〇万円(合計金九六〇万円)の支払いがないときは、債権者らは困窮し生活をするに回復しがたい損害が発生するおそれがあるものと認められるから、この限度で保全の必要性も是認することができる。

七 以上のとおり債権者らの申立ては右の限度で理由があるから、事案の性質上担保を立てさせないで、これを認容し、その余の申立ては理由がないから却下することとして、主文のとおり決定する。

(松山文彦)

別紙(債権目録・略)

当事者目録

債権者 植田修平

(他一一名)

債権者ら右代理人弁護士 蒲田豊彦

(他三名)

債務者 津田電気計器株式会社

右代表者代表取締役 津田善三郎

右代理人弁護士 巽貞男

同 泉秀昭

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